2006年03月11日(土)
<行く子・戻る子>
9月になると、いろいろな形での相談が増えます。
高校生のWさんへのいじめは、6月から始まっていました。
けれど、夏休みまではなんとか我慢ができたのだと言います。
9月になって、いじめがエスカレートしました。
ほとんどのクラスメイトが無視をはじめたのです。
Wさんは頭のよい生徒でした。
そうです、進路も含めての「蹴落とし」が始まったのでした。
9月になって4日目、
机の上で食事をする場所がなくなりました。
床の上で食べたことから、Wさんは苦しくなってしまいます。
やがて・・・
クラスメイトの目がいやになり、登校できなくなってしまいました。
頭がよくておとなしいタイプの生徒がターゲットにされやすいいじめです。
お話をしたり、英語や古典を一緒に勉強しました。
5回ほどくり返す内に、少しずつ元気になりました。
高校の養護の先生と、担任の先生にも来ていただきました。
人の目も気になり、学校では話せないからです。
先生方にも分かっていただけました。
Wさんは、「今日はいやだけど学校に行きます。はぁ~」
そんなメールを私に送ってくれます。
週1回の相談日を使って、まだ支えていきます。
こんな例もあります。
中学1年のY君。
体の不調がつづき、9月になってとうとう学校に行きにくくなりました。
「なんとなく行きにくい」
そういう状態の時、お母さんが相談にみえたのでした。
Y君への心配をひとりで抱えてきたらしく、とても興奮状態でした。
「大変ですね」とひと言。
ようやく落ち着かれました。
1週間ほど、Y君はフリースクールに通ってもらいました。
キャッチボールや卓球などで思いっきり汗を流し、
学校の勉強もやってみました。
やがて、Y君は、自分で決めた日に登校を開始することができました。
池の原フリースクールを開校して1年がたった頃、
4人が卒業して高校へ進学しました。
その卒業生が、ときおりやってきて話してくれます。
がんばって、学校という社会に戻っていった生徒たちです。
「もう限界だって思いながら授業を受けているのに、
もっとがんばりなさいって言われるんだ」とひと言。
アルファベットがやっと書けるようになったばかりの彼に
英語のテキストが重くのしかかっています。
「もう限界だよ」と言う寂しそうな顔を見て、
「学校へ行きたい」と言った彼を送り出したことが、
本当に良かったのかと、今も悩みます。
高校生のWさんへのいじめは、6月から始まっていました。
けれど、夏休みまではなんとか我慢ができたのだと言います。
9月になって、いじめがエスカレートしました。
ほとんどのクラスメイトが無視をはじめたのです。
Wさんは頭のよい生徒でした。
そうです、進路も含めての「蹴落とし」が始まったのでした。
9月になって4日目、
机の上で食事をする場所がなくなりました。
床の上で食べたことから、Wさんは苦しくなってしまいます。
やがて・・・
クラスメイトの目がいやになり、登校できなくなってしまいました。
頭がよくておとなしいタイプの生徒がターゲットにされやすいいじめです。
お話をしたり、英語や古典を一緒に勉強しました。
5回ほどくり返す内に、少しずつ元気になりました。
高校の養護の先生と、担任の先生にも来ていただきました。
人の目も気になり、学校では話せないからです。
先生方にも分かっていただけました。
Wさんは、「今日はいやだけど学校に行きます。はぁ~」
そんなメールを私に送ってくれます。
週1回の相談日を使って、まだ支えていきます。
こんな例もあります。
中学1年のY君。
体の不調がつづき、9月になってとうとう学校に行きにくくなりました。
「なんとなく行きにくい」
そういう状態の時、お母さんが相談にみえたのでした。
Y君への心配をひとりで抱えてきたらしく、とても興奮状態でした。
「大変ですね」とひと言。
ようやく落ち着かれました。
1週間ほど、Y君はフリースクールに通ってもらいました。
キャッチボールや卓球などで思いっきり汗を流し、
学校の勉強もやってみました。
やがて、Y君は、自分で決めた日に登校を開始することができました。
池の原フリースクールを開校して1年がたった頃、
4人が卒業して高校へ進学しました。
その卒業生が、ときおりやってきて話してくれます。
がんばって、学校という社会に戻っていった生徒たちです。
「もう限界だって思いながら授業を受けているのに、
もっとがんばりなさいって言われるんだ」とひと言。
アルファベットがやっと書けるようになったばかりの彼に
英語のテキストが重くのしかかっています。
「もう限界だよ」と言う寂しそうな顔を見て、
「学校へ行きたい」と言った彼を送り出したことが、
本当に良かったのかと、今も悩みます。

投稿者 kutsuna 20:13 | コメント(15) | トラックバック(1)
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障害程度区分判定等試行事業に、05年5月に協力いたしました。
保健師(看護士の資格を持つ自治体職員)の方、二人が生活状況や、身体の状況を調査し、医師の意見書とともに、自治体に提出し、最終的に厚生労働省に行くわけですが、
障害程度区分判定等試行事業は厚生労?..
障害程度区分判定等試行事業 [脳脊髄液減少症九州患者の会を作ろう]
海と山とヨットで夏の感動を(2)
8月24日
第6回海に見えるキャンプを終えて(1) 8月24日
一人では生きられない 8月22日
愛知教育大学の学生さんたちと 8月19日
岡山・秋葉原事件 家族への警鐘 8月19日
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所在地 愛知県
「りんごは青い」と言った子どもに、教師が「りんごは赤いものだ」と正した話を聞きました。感じ方は一人ひとり違ってあたりまえですし、実際、青いりんごもあるのです。
普通とは何でしょうか?人と違うとは何を意味するのでしょうか?その子は翌日から学校へ行かなくなりました。一般的であれば、誰にも理解されやすく社会の中では生きやすい、そういうことかもしれません。しかし、形にはめて強いるものではないのです。みんなと違ったものを排除する。そんな傾向が多く見られるような気がします。
排除されたこの中には、案外個性を伸ばして大成する子もいるかもしれません。しかし、生き方を身につけていない未熟な魂は、方向を失ってさまよいます。
そんな子どもたちを「放ってはおけない。救わなくては。」と、校内で暴力をふるったひとりの問題児を引き受けたのがきっかけで、ついに自宅を開放して、フリースクールを始めました。
今までに関わってきた子どもたちはこの5年間で、530人を超えました。「死にたい」と言い続けてリストカットを繰り返す少女や、「誕生日に自殺する」と宣言する少年など。悩む原因が何なのか分からないこともあります。
しかし、そんな彼ら、彼女たちにも、たった一人の、たった一人の一緒に悩み、考えてくれる人が居れば、安心して眠ることができるのです。
私たちはそんな子どもたちを「家族」として迎え入れ共に悩み、共に考えながら活動を続けています。
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私たちは、フリースクールといえども、学習遅滞児童生徒の支援(生活支援なども)をしております。
教員生活30年、退職したら、グループホームを造ろうかなあ、と思い、現在、宝くじを必死で買っているところです。
障がい児童生徒の問題は、社会にでたときの器はどうあるべきかの、問題であろうとも思うのです。
『学校へ行きたい』と言った彼を送り出したこと悪い事とは思いません。子供なんだからそれ相応の社会にでて行くことあたりまえだと思います。
私もずっと虐めを受けていたので酷さはよくわかります。私は不登校はしませんでした。でも子供は学校へ行くのが当たり前とは思いません。そう思われるのは心外です。学校なんて所詮教師や周りに恵まれなければ何の意味もないし、虐めや障害を乗り越えられなければ強くなることもできないです。子供から見た意見ですので気に障ったらすみません。
大人の価値観を押し付けがちな
今の教育の中で、すごく気になるところです。
しかし、その中で生きていく子どもたちを
応援はしていきたい。
ありのままの自分でいつづけられたら・・・
まわりの大人も受けていけば・・・
そんな簡単な事が、できない大人には
なりたくないなあ~
どのようにして私のブログなんかに辿り着いて下さったのかは判りませんが、感謝しています。
今日はあの記事を書いた後にきちんと学校に行きました。
幸いにも、わたしは周りから虐めを受けている訳でも無いので平気です。
ただ、周りが勉強出来る子ばっかりでコンプレックスの塊になってしまっているんです。
最近はストレスからか微熱と頭痛が一ヶ月くらい治らないで辛い思いをしています。
このブログの暖かいメッセージを心に留めつつ、もうしばらく頑張ってみようと思いました。
私は今まで大していじめや不登校に無縁で過ごしてきたのですが、いじめなどがまかり通る今の中学では人のありかたに疑問を抱いています。かと言って、まだ私は被害には遭ってませんが。不登校はしてません。ずる休みもできない小心者です。
最近になって、私は平和な環境で育ってきたんだな、と思い始めました。呆れるほど、ほのぼのとしてていじめや引きこもりの無い生活が今では懐かしいです。
けど、中学という、色んな所から人が来る場になれば、そうじゃない人もいるわけで。
そんな中で私は私なりに頑張ってます。長文失礼しました。
私は幸いにも辛いいじめには合わずに学校生活を送っていました。
これからもそうであることを祈っていますが、数年前に親に聞いたところによると小学校高学年の頃に2、3人から軽いいじめを受けてたらしいのです。
聞いたときは「え?」という感じで。当時は泣いて親に相談してたらしいのですが、全く私自身は覚えていない。
多分嫌なことすぎて脳が勝手に削除してしまったのでしょう。
ただその反動かどうか、中学・高校・大学とのんびり平和な日々を送れていました(今現在もです)。ほんとに周囲にいじめとか不登校とか全然無くて。
でもこういうのって学年とか友達の雰囲気にも左右されるんですよね。
クラスの皆にいじめられるケースって、一部が「いじめ」て、残りのほとんどが「傍観者」なわけじゃないですか。
「傍観者」が少なければ少ないほど被害は小さいんですよね。
私は幸せ者なんだなーと、友達を見回しても思います。
脈絡のない文章で、長々と失礼しました。
kutsunaさんの記事を少し拝見しましたが、真摯に今の子供達の現場に向き合っている、心ある方だなぁと感じました。そんなkutsunaさんが、私のような者のブログにたどり着かれるのがちょっと不思議でした。
私も小学校~高校まで、イジメを受けた経験もあり、今でも無視されたりする経験があります。私は不登校にはならなかったけれど、大学卒業後はひきこもりになってしまいました。
私がイジメを受けている時、側にkutsunaさんのような、子供の心に寄り添える教育者に出会いたかったなぁと感じています。
kutsunaさんは、ご自分のされたことに対して、省みる賢明さをお持ちです。良い意味で、心に揺れがあるといいますか、自信満々でないところが良いと思います。自信があり過ぎたりって、ある意味心を硬くして、回りや自分が見えなくなると思いますから、危ない面もあります。
しなやかな心で、これからも子供達と接していって下さい。初カキコで生意気言って申し訳ありません。失礼します。
不登校ができる子は、もしかしたら、我慢して行っている子より、心に強いエネルギーをもっていると思っています。それが、いつか、いい方向に向うことができたらいいのにと思うことがあります。
15日のカウンター数・・すごいですね。。
また、ゆっくり読ませていただきます。
なんだか我が家の子はちょっと変わっているようで、難しいところがあります。
また、ゆっくり寄らせていだだきますね。
私達のフリースクールの子供たちは多くがいじめに逢いました。その時の気持ちを良く話してくれます。
お互いに話し合うことで気持ちが楽になる子もいます。
障害児たちの社会支援は非常に難しいですね。私どももフリースクール卒業後の支援を考えています。アルバイト先から悩んでメールやFAXがきます。この時は私どもがジョブコーチ(働く人の相談と解決する人)の役目をしています。
私達が会社に役立つ人を育てることも大切ですがこの子達の会社を作ることが本当は重要と思っています。自分に合う職業とか会社は実はないと思っています。会社は社会にとって役立つ形で存在していますが個人の為の仕事は無いので難しいと思います。新しい支援を考えていきたいですね!